ユメックス株式会社の業務は、良いデザインを世の中に提供することです。得意技は柔軟性。大企業だからと臆することなく、小さなお店だからと侮ることなく、お客様の都合や事情に柔軟に応えてきました。予算や納期の無理めのご要望にも、「できません」ではなく「こうすれば可能です」と、(なるべく)答えるようにしています。
そんな中、そのしごとを通して、夢を形にするお手伝いができたり、世の中に笑顔や元気を届ける片棒を担げたときは、うちはユメックスですからと、心の中でガッツポーズを決めているわけです(思いのほかうれしいご予算提示があったときもガッツポーズです)。
独立創業のころ、実家の親からデザインとは何かを聞かれ、そこにあった本を例にあげ、あれこれと説明した後に親が発した言葉は、「それで何でお金がもらえるん?」。代々農家の親の脳内では、絵を描いたり、文章を書いたり、本として形にする仕事は商売として成立したものの、そこに介するデザインという概念はなかなか理解に至りませんでした。たぶんいまも理解してないと思います。 で、デザインとは。
といったところが、我々の領域におけるデザインの理解です。執筆者やフォトグラファー、イラストレーターの名前が紙面に載るのは一般的ですが、デザイナーの名前が載ることはあまりありません。デザイナーは著作者(クリエイター)ではなく(かつての彫り師、文選、写植、版下などと同様に)職人という歴史的理解なのでしょう。やっかみを言いたいのではありません。クライアントは千差万別、デザイナーは真っ白なところから始めるべきで、得意な技法や好きな色などがあると、かえって邪魔になることがあります。デザイナーは、発信元のクライアントと受信側のエンドユーザーの立場を、客観的に行ったり来たりしながら、あるべき答えを探します。ところがどっこい、同じ案件でも、デザイナーが違うと違う答えになります。そこが悩ましくもあり、おもしろいところなのです。
「夢が交わる場所」「夢と夢が相互反応を起こして新しい何か(エックス)が生まれる」
1989年に法人化する際、当時の幹部3人が、行きつけの焼きとり屋「鳥ふじ」のカウンターで会議を開き、約3分で「ユメックス」という社名が決まりました。そのときは、これだ!と思ったのですが、同じようなことを考える人はたくさんいて、ユメックスは日本中にあるのです。
いちばん多い間違い電話が、「○月号に募集を出したいのですが」と、求人広告のユメックスさんとの間違い。次に多いのは「追い焚きがうまくできないんですが」と、こちらは東京ガスとINAX(現リクシル)がかつて販売していたお風呂のユメックス。ほかにも住宅や電子部品や革製品などさまざまなユメックスさんがあるわけですが、残念ながら(今のところ)どちらさんとも関係ありません。ところで先日「Googleで見たのですが、そちらでIKEAのお店を出していますか」と聞かれました。世の中にはそんな凄いユメックスさんもあるのでしょうか。
法人名 |
ユメックス株式会社(YUMEX Co., Ltd.) |
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所在地 |
〒177-0041 |
電話 |
03-3997-0681 |
設立 |
1989年5月 |
資本金 |
1800万円 |
代表者 |
代表取締役 西山耕一 |
事業内容 |
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西武池袋線(急行、快速、準急、各停が停車)石神井公園駅で降車。西口南側出口より出て富士街道側へ進んでください。
進行方向右上空に西武池袋線の高架を眺めなら、150mほど進むと富士街道へ到達しますので、左へ曲がってください、左側にりそな銀行石神井支店、きらぼし銀行を臨み、そのまま直進し練馬区役所区石神井庁舎を越えた隣に『石神井ウエスト』(Googleマップ上では、アーバンコート石神井公園となっております。どこから直す申請をすればよいのだろうか…)が弊社が店子として入居している建物となります。
エントランスで403をコールください。
1982年 |
西山耕一および西山祥子がフリーのグラフィックデザイナーとして独立 |
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1984年 |
デザインオフィス[スタジオVS]設立、内山金一郎参加 |
1989年 |
法人化し[ユメックス株式会社]設立(取締役:西山耕一、内山金一郎、西山祥子) |
1990年 |
いちはやくMacintoshを導入しDTPに力を入れる |
1997年 |
Webデザインの企画制作開始 |
2004年 |
プレゼンテーションデザインの企画制作開始 |
2006年 |
Web部門担当取締役に坂本利幸が就任 |
2017年 |
デザイン、出版、広告といった業界では、成り行きにまかせるとなぜか、昼出社→終電帰りとか、夕方出社→始発帰りとか、世間様とずれてしまうことが多々あります。ユメックスでは、早い者は8:00ころから働き始め(彼らは夕方には眠くなってしまいますが)なんとか昼型を堅持しています。とはいえ、短納期や夜型のお客様の都合や事情に応えるために、夜間や早朝の作業が不可避の場合もあります。そんなとき心を癒してくれるのが、ベランダから見える都心の夜景や朝焼け。左手は浦和方面から、埼玉スタジアム~筑波山~光が丘~豊島園~池袋~その向こうのスカイツリー~練馬~新宿~渋谷~房総半島~横浜~多摩……視界の良い日は飽きません。見てないで早く仕事をしろと。はい、ごもっともです。実は裏ユメックスには夜に強いスタッフがいて、会社の電気は消えていても、ネットを活用して補い合っているのです。(無人のMacが暗闇の中せっせと動いている不気味な景色もままありますが)
もとより商売というのは「人のお役に立ってなんぼ」なわけですから、ユメックスの業務であるデザインや企画そのものが社会の役に立っており、だからこそ創業30年、会社設立20数年、続けてこられたのだという自負はあります。しかしそこには、少なからぬ幸運や、仕事以外にも世の中のいろんな方からのご支援があったのは間違いありません。また、活気や笑顔や夢があふれる社会であればこそ、広告や出版、ホームページ制作なども必要とされると思うのです。そういう意味で、ご縁があった[NPO生活サポーター・東京]の設立に関わり、主に代表の西山耕一ができる範囲ではありますが、社会のお役に立つ活動にも参加しております。